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その日の想いを徒然なるままに。
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土日と社員旅行に行ってきたんですが、
宿泊した旅館の出てくる食事が予想外に不味く
旅行の醍醐味を台無しにされたような気分…

旅行の楽しみといったら、観光とご当地グルメ。
食べ物で旅行のテンションが変わるくらいです(笑)

露天風呂が売りのようでしたが…
確かに景色は良かったんですが・・・
下を見れば普通に自動車が走っているし、散歩している人が見えたりします

裸眼で歩いている人をしっかり認識できましたもん(つД`)・゜・。
ここには泊まらない方がいいと思います


インターネットで見ると かなり修正が入っている気がしてなりませんw
他にも旅館が並んでいる温泉街道のような所だったんですが、
何を基準にこの旅館を選んだのか、問い詰めたいくらいです(

サービスは普通だけど、食事が不味い・部屋の壁がボロボロ。

この旅館を選択した人にしっかり文句を垂れ流しました(`・ω・´)キュ
他の社員もかなりのクレームが集中したみたいです(汗
本人もここまでひどいとは思ってなかったそうで^^;

ネットで旅館を探すときは、口コミなどもしっかり見ておくべきかな、と。
ある意味いい体験を味わったと思います(多分


* * * * *
前日彼と観に行った映画、『ゆずり葉』。

ゆずり葉~君もまた次の君へ~
先輩たちが築いてきた歴史を私たちが引き継ぎ、
そして後輩たちのために また新たな歴史が築かれていく。

耳が聞こえなくても 普通の人間と同じように生きてゆける。
ただ、耳が聞こえない。ただ、それだけのこと。

しかし、耳が聞こえないからという理由だけで
様々な差別を受けていた時代が、確かにあった。
そして、手話が当たり前のように受け入れられている現在でも、
日常生活の中で 一種の壁を感じるような場面に遭遇することがある。

耳が聞こえない者としては、相手の顔と向かい合って、
そこから初めてコミュニケーションが始まる。
私は手話を第一言語としているけれども、
相手によっては口話だったり、ジェスチャーだったり、筆談だったり。
 
このように、相手に言葉を伝える手段がいくらでもある。

どんなに恵まれた時代になったことだろうか、と思う時がある。
私は物心ついた頃から 手話が身近にあったのだが、
学生時代にとある活動に関わって以来、
さらに手話を大事にしたい、とそう思うようになった。

自分の意志を伝える方法として、手話があるということ。

手話が日常生活の中で 普通に使えるということ。

そして、日常生活の範囲から飛び出し 更なる可能性を求めて。
夢が夢のままで終わることなく。
夢を実現させるために。


ゆずり葉予告編

今まで聴覚障害をテーマにしたドラマなどがあったんですが、
(『星の銀貨』、『愛してるといってくれ』、『オレンジデイズ』…etc)
この映画では実際にろう者が出演しているからなのか、
手話が自然体で ストーリーの中に自然と入っていけたような気がします。
彼はどう思ったのかわかりませんが・・・(マテ

この予告篇を見て『あぁ、解る。』と思ったシーン。

・電話をかけようとしてためらう。
 奥さんが倒れて、意識がない状態を発見したら、
 まっ先に病院に電話して救急車を呼ぶ等が普通なのですが
 この映画の背景(回想録)はFAXがなかった時代。

 うちの両親もろう者で、私が小さい頃にはFAXが普及されていたけれど、
 病院などへの連絡手段としてのFAXは普及されていなかったんですよね。
 だから、私や兄が急に熱を出したりした時、
 夜中だろうが 仕事で疲れている父を叩き起して病院まで連れていった…とか。
 そういった苦労話を前に聞かせてくれました。

・耳が聞こえないゆえに映画を見れない人がいるということ。
 これは小さい頃味わった感情です。
 今じゃTVの電源を点ければ 普通に字幕が流れてきますが、
 字幕が付かない番組もあったりしますが、数えるくらいです。
 私が小さい頃は字幕が付く番組こそ数えるくらいでした。

 邦画も字幕が付かないのが当たり前な時代。
 だから、字幕が付かない邦画より 洋画を見る機会が多かったですね。
 その頃にジャッキー・チェンのファンになり
 そして、今でも好きな俳優がジャッキー・チェンだったりします・3・

 字幕が付かないからTVをみてもつまらない…
 だから、自然と外で遊ぶのが好きな子ども時代でした、と。
 (歌番組だけはしっかり見てたみたいですがw)
 
 
・薬剤師の夢に立ちはだかる壁。
 これはある方がモデルとなっています。
 09100901.jpg
 『こころの耳―伝えたい。だからあきらめない。―/早瀬久美著』

 聴覚障害者で初めて薬剤師の免許を取得した人なんですね。
 薬剤師の免許を取得するための試験に受かったのに、
 "身体に障害がある者には免許を与えることはできない"という、
 そんな法律の壁に立ち塞がれるも
 それでもその壁を乗り越え、法律の改正、そして免許を習得。
  
 前に一回本人にお会いしたことがあるんですが、
 身体中からエネルギーが満ち溢れているような、そんな方でした。
 

先輩たちが新たな可能性を求め、新たな道を切り開き
そして、後輩たちに引き継がれていく。

これからどのような道が切り開かれていくのか。
夢を夢のままで終わらせないために。
出来る限りの可能性を さらに広げていく。

現在も、そしてこれからもこういった活動が全国各地で行われているのです。


この映画の今後の公開場所などはこちらからご覧ください。

公開場所案内

※多分、最初にエラーが出ると思いますが、
 更新をクリックすれば見れるようになります


ネットで検索して、響いた詩。


ゆずり葉       河井 酔茗

子供たちよ
これは譲り葉の木です。
この譲り葉は
新しい葉が出来ると
入り代ってふるい葉が落ちてしまうのです。

こんなに厚い葉
こんなに大きい葉でも
新しい葉が出来ると無造作に落ちる
新しい葉にいのちを譲って――。

子供たちよ
お前たちは何を欲しがらないでも
凡てのものがお前たちに譲られるのです。
太陽の廻るかぎり
譲られるものは絶えません。
 
輝ける大都会も
そっくりお前たちが譲り受けるのです。
読みきれないほどの書物も
みんなお前たちの手に受取るのです。
幸福なる子供たちよ
お前たちの手はまだ小さいけれど――。

世のお父さん、お母さんたちは
何一つ持ってゆかない。
みんなお前たちに譲ってゆくために
いのちあるもの、よいもの、美しいものを、
一生懸命に造っています。

今、お前たちは気が附かないけれど
ひとりでにいのちは延びる。
鳥のようにうたい、花のように笑っている間に
気が附いてきます。

そしたら子供たちよ、
もう一度譲り葉の木の下に立って
譲り葉を見る時が来るでしょう。
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